古書と人生

2021年11月24日

第11回「「本を読む本」(モーティマー・アドラー、チャールズ・ドーレン)を読む」






私と本

私は本を読むことが大好きです。
自宅には本が山積みに置かれていて、もう既に読んだ本と、いまだ読んでいない「積ん読」状態の本とに分かれています。
読んでいない本の中には、記事を書くために(私のお仕事で)買った本もあり、自分が興味を持ったから買った本が全てというわけではありませんが、たくさんの本があるのは事実だと思っています。
もちろんそういった本を読むときには、メモを取りながら読んだり、それまでの記述をまとめて自分の中に落とし込んでから読んだりすることが多いです。
そうしなければ、理解が進まないまま本を読んでしまうことにつながり、それが理解不足へと陥り、その本をうまく皆様に伝えられなくなってしまうと思っています。




出会い

本を読む中で、自分ではしっかりと本の内容が理解できていると思っていた方だと思っていたのですが、時々読み方を迷ってしまうことがいくつかありました。
「どんな順番でこの本を読んだらいいのだろう。私の読み方は果たしてあっているのだろうか。」
自問自答を続ける日もあり、そのせいもあってなかなか本を読み進められないときもありました。
そこで、「本の読み方を解説している本がないか」と思うようになり、古本屋などを色々と探して行った結果、今回取り上げる「本を読む本」に出会いました。
この連載でもたびたび古本を取りあげていますが、やはり古本屋にはお宝が眠っているものです。
定期的に古本屋を訪れることをおおすすめします。




評論の難しさ

いわゆる「文芸評論」という類の中には、様々な手法が存在すると聞きます。
私にとって文芸評論はとっつきにくい分野であり、難しすぎる分野でもあると思っていました。
その本に書かれている作者の心情などを思い出し、想像し、自分なりに解釈し、それらを合わせて書き連ねていく。
それは簡単なようで大変難しい作業です。
人というのは、物事の考え方がいろいろであって、一人ひとりの考え方はもちろん違います。
十人十色の考え、本の読み方も違う。それを踏まえて、私たちもどうやって読んでいくのか。
それが文芸評論の難しさ、奥深さであって、また楽しさでもあると思うようになりました。




「読む」ことの奥深さ

『これは「本を読む人」のための本である。「これから本を読みたい人」のための本でもある。
つまり、「読む」ことによって知識を得、理解を深め、すぐれた読書家になりたいと思う人のために書かれた本である。』

「本を読む本」の冒頭、このような言葉から本書は始まります。

この本は本を読む人のために書かれた本であって、これから本を読みたいと思っている人のために書かれた本でもある。
書いてある事はなかなか単純なのですが、意外とこの言葉は大きな奥深さを持っていると思います。
本には多くの種類があって、その分、作者もたくさんいて、また読む人もたくさんいるわけです。
様々な人が様々な方向から同じ本を読むと、たとえ同じ本であったとしても、違う感想が出てくるなんてことも珍しくありません。
読書というのは、そういったところに面白みがあると思います。




最後に

来月の今頃はクリスマスでしょうか。
年の瀬を迎えて私の仕事も忙しくなりつつあります。
休みの日はこうやって本を読んで、心を落ち着かせること。
それが自分の精神を保つ方法の1つでもあります。
何か物事に疲れたら、ちょっと本を 1冊読んでみよう。
そう考えることも、ストレスを軽減させる一つの方法になるのではないでしょうか。



posted by 小林英介 at 11:00 | Comment(0) | 第1回〜第25回
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