古書と人生

2021年08月24日

第8回「「文章読本」(谷崎潤一郎)を読みながら、いわば人生である「文章を書くこと」について考える」






文章読本。

それは作家自身の文章の書き方や考え方について書いた本のことです。
丸谷才一、三島由紀夫、林真理子。
これらの作家も「文章読本」を書いています。
今回読んだ文章読本は、谷崎潤一郎のもの。
彼の文章読本を読みながら、自分の人生として位置付けている「文章を書くこと」について考えます。




ふと出てきた「疑問」

私が記者の仕事を始めて、ふと思ったことがあります。
「文章を書く」とはいったい何なのか。何を意味するのか。
毎日のように大量の文章を生み出す仕事をしているうちに、疑問が出てきたのです。
疑問が出てきた理由は分かりません。日々の仕事において行き詰まっているわけではないし、辛いことがあったわけでもない。
ただ単純に、自分の中に一つのクエスチョンが出てきたのでした。




文章読本との出会い

私が文章読本と出会ったのは、札幌市内の古本屋で古本探しをしていた時でした。
私は札幌市白石区のとある古本屋に入って、いつものように文庫本探しを始めました。
「何かいい本はないかな」。前述のような「文章を書く」ことについて考え悶々としていた私は、いつの間にか何かヒントになるようなものがないか探していたのでした。
すると、本棚の中に「谷崎潤一郎・文章読本」の文字が。
「これだ」と手が伸び、なぜか勝手に購入していたのでした。
この瞬間は不思議でした。何も考えることなく本を購入していたのですから。
今考えれば、これが「文章読本」との出会いでした。




「文章を書く」とは

私が「文章読本」を読む前、「文章読本は難しく、読みづらい」というイメージが文章読本にありました。
しかし、実際に読んでみるとそうではない。
個人差はあるでしょうが、私は読みやすく感じました。
また読んでいると、今の自分にとってありがたい記述がいくつかありました。
一つ挙げるとすれば、以下のような文章です。
「言葉を惜しんで使うと云うことも、自分で文章を作ってみますと、なか?生やさしい業ではないことに気が付くのであります」
「発表の当時は大いに言葉を節約した気でおりましても、一年も経てから読み直してみますと、まだ無駄のあるのが眼につきます」(谷崎潤一郎、「文章読本」より)
この文章と同じことは、私もたくさん経験があります。
文章を書こうと思っていても、この文章にはどの言葉が合うのかと考えてしまうこともしばしば。
公開された記事をもう一度読んでみると、「ああすればよかった、こうすればよかった」と後悔する。
「文章を書く」ことは楽しいものの、その分苦労もある。
文章を書く人はもちろん、文章を編集する人、チェックする人達も、「文章書きの人は苦労しているのだ」と感じてほしい。そう思います。




最後に

最近私の周辺では、「ライターの質が悪い」と言われることが多くなってきた気がします。
本を読む機会が減ったり、スマホの普及も関係していると思われます。
でも私は、文章を見る側のスキルも低下してきたのではないか思います。
前述のように本を読まなくなり、スマホばかり見る。それはライターも編集者も同じです。
ライターの質が悪いのではなく、編集者のスキルがないのにも関わらず編集者と名乗る人もいます。
他方を批判することばかりせず、双方がスキルアップすることによって文章の質を上げていく。
これこそが、「いい文章を書く」ことにつながるのだと思います。



posted by 小林英介 at 11:00 | Comment(0) | 第1回〜第25回
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